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2015
10
DEC
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大概月刊中国的新闻
上海で働く日本人アートプロデューサー、その仕事っぷりに迫る!

你好!前々回の本ブログ「独特すぎる中国の動画サイト最新事情、教えます」では、中国の動画サイトで2億回以上の再生回数を記録し"中国ネット界で一番有名になった日本人"、山下智博さんを紹介しました。その彼をマネージメントしているのは、上海を拠点に活躍する日本人アートプロデューサー・鳥本健太氏です。今回は「アートプロデューサー」というちょっと珍しい職業の仕事っぷりを皆さんにご紹介します!



「アートプロデューサー」誕生ストーリー


「私は北海道の新得という町で育ちました。大学に進学後は2001年にイギリスに渡り、マンチェスターという街で働き始めました。その頃よく中国人の友達のホームパーティに呼ばれていたんですが、ある時彼らがえらくはしゃいでいたんですよ。何が起こったんだと聞くと『2008年のオリンピック開催地が北京に決まったんだ!』と、ひどく興奮しているじゃないですか。『まだまだ中国は発展途上だけど、これからは僕たちのような優秀な若者がドンドン出てきてもっと発展していく、僕たちの未来は明るいんだ!』と、手放しで喜ぶ姿に衝撃を受けました」


物心ついた頃から日本ではバブル崩壊・就職難・リストラなど不景気な話しか聞いたことが無かった"ロストジェネレーション世代"の鳥本氏は、自分の国に手放しで明るい未来を見ることができる、この中国の同世代の若者のパワーに圧倒され"いつかは中国に行かねば"と思うようになりました。


イギリスから日本に戻り一時IT関連企業に就職し、中国に渡る機会を探していた鳥本氏は2004年に求人サイトで大連のIT関連会社の募集を見つけ、ついに中国での生活をスタートさせます。大連の街は美しく落ち着いた雰囲気でしたが、鳥本氏が想像していた急成長する中国の姿、とは少し違ったようです。


「そんな時、会社の休暇中に旅行で上海を訪れる機会があり、画廊やアーティストのスタジオが100軒近くも集まる『M50』というアートエリアを訪れました。そこには多くのアーティストが集まり、その雰囲気がメチャクチャ気に入ったんです」

すぐに鳥本氏は、小さなギャラリーに飛び込み3カ月ほどアルバイトを始めます。「その間に周りの工房を見学したりアーティストに話を聞いて周り、急激に盛り上がる中国のアートシーンに触れ"自分の求めていた中国の勢いや刺激、スピード感はこの上海にある!"と確信し、正式に大連の会社を辞めさせてもらい上海に移りました」


上海での鳥本氏は再びM50の中にある版画工房で働くことになります。

「そこでは色々なアーティストに会うことができ、作品の制作から取引まで学ぶこともできました。しかし半年後にこの工房が家賃の関係で郊外に引っ越すことになってしまったんです。さすがにそこまで通うのは難しく、2006年からフリーでアートの仕事を始めるようになりました」

と、突然に独立する機会が訪れました。しかし独立しアートで食べていく、と言ってもビジネスモデルもなかった当時は手探りながら、日本の雑誌に中国のアート事情を紹介したり、上海で開催されるアートフェアの出展コーディネートなどを手がけ始めました。


その後、中国アート市場の急速な拡大の勢いにも乗り、現在では上海にスタジオを構え、自らアーティストのプロデュースも手がけるまでになりました。

「アートプロデューサーの仕事は一言では言い表せないくらい手掛ける範囲が広いんです。しかしこれからも"アート"を軸にジャンルを横断し中国、日本、さらにはアジアを舞台に新しい表現や価値を追及し仕掛けていきます」



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プロジェクト紹介(1):山下智博の広告展開から商品プロデュースまで


鳥本氏と山下智博さんは2009年に故郷・北海道で知り合います。当時から地元でアートイベントなどを行なっていた山下さんは、2012年に上海に渡ります。制作した動画の再生回数が2億回を越えるなど、その後の山下さんの活躍は前回紹介した通りです。


「動画再生回数が5000万回を超えたぐらいから企業から広告の出稿、商品の紹介を依頼されることが多くなりました」
製薬会社の目薬を使ったPR番組では、
「番組の中で女装した山下君が目薬で"眼ヂカラをアップ"という設定で商品を登場させました。この動画は100万回以上再生され、企業と商品の認知度を上げる効果がありましたね」


最近では鳥本氏の山下智博プロデュースはネット販売まで拡がっています。

「中国最大のネット通販サイト『淘宝(タオバオ)』では『山下智博の秘宝館(山下的秘宝館)』を開設。彼をモチーフにしたトランプ、トイレットペーパー、Tシャツなどのグッズ販売を開始しています。今後はさらに山下君が選んだ日本の面白いグッズも紹介し販売をしていければと思っています」


「山下的秘宝館」

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山下智博のプロデュースはインバウンドにまで拡大しています。鳥本氏の故郷、北海道・新得町にロケで山下智博さんを引き連れ旅番組を制作し、中国人向けに発信しました。このロケの様子は中国最大の旅行SNS「螞蜂窩」でも紹介されています。



プロジェクト紹介(2):上海から再び故郷、北海道・新得町へ繋がる「GANKE FES」


2014年から鳥本さんは故郷、新得町でアートフェス「GANKE FES」をプロデュースしています。
「私の地元・新得町のメンバーから町を活性化させる何か面白いことをやりたいという相談がありました。新得町にある湖の前には4キロにもわたる崖があって、昔から『ガンケ』と呼ばれていました。これはアイヌ語で"神が座する場所"という意味があります。さらに新得町には温泉やロッククライミング、カヌー、ラフティングの出来る場所もある。そこでここにまつわるアイヌの神話を舞台に、アート・音楽・食・自然・アクティビティ・マーケットを体験できる野外フェスティバルを開催することにしたんです」


鳥本氏はフェスに出演するアーティストやミュージシャンをプロデュースしています。
「まずアーティストを新得町に招き1週間かけてアート作品を制作してもらいました。中にはガンケの湖の畔に漂着した流木を使い巨大な鳥の巣を模したアートもあり、ここは皆の休憩所にもなりました。ステージではモンゴル800のキヨサクさん、大宮エリーさん、チュートリアルの徳井義実さんがボーカルの『鴬谷フィルハーモニー』、地元のアーティストらがパフォーマンスを魅せてくれました」


「GANKE FES」は2016年以降も継続していく予定です。
「このフェスには山下智博君も参加しました。私には故郷・北海道と中国の文化交流を促進したいという想いがあります。来年は日本と中国の双方向の発信を目指し中国のアーティストの参加、さらには海外からの集客も増やせればと考えています。地元の人にもフェスを通じてガンケはもちろん、近くにあって気付かなかった素晴らしいものたちに気付いてもらえると嬉しいですね」
と、新得町への想いも語ってくれました。


「GANKE FES」

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プロジェクト紹介(3):上海森ビルが丸ごとアートに包まれた記念プロジェクト「漉鏡(FILTER THE PUBLIC)」


中国で鳥本さんが手掛けた代表的なプロジェクトの1つとして、2013年に開催された上海環球金融中心(通称:上海森ビル)5周年記念のアートプロジェクト「漉鏡(FILTER THE PUBLIC)」が挙げられます。


「このプロジェクトでは上海森ビル内のほぼ全部のパブリックスペースを使ったアート展示とイベント、さらには外壁のLEDを使用したプロジェクション作品を3組のアーティストに手掛けてもらいました。その1人、ナム・ヒョジュン(Nam HyoJun)はモザイクを使ったポートレート作品で、森ビルを訪れた約1万人のポートレートを撮影し、それをプロジェクションで使用するという、訪れた人々が『このイベントの期間、上海の夜景の主役になれる』というコンセプトの作品を作りあげたんです」


SWFC5周年

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鳥本健太 KENTA TORIMOTO


1980年、北海道生まれ。アートプロデューサー。上海を拠点とするアートマネージメント事務所「Office339」を主宰。現代アートを中心に様々な価値を創造する企画を中国、日本、アジアでプロデュースしている。


今回紹介した以外にもアーティストがある場所に一定期間滞在してもらい、現地の人と交流し生活する中で作品を制作する「アーティスト・イン・レジデンス」という事業にも取り組んでいます。例えば2012年には香港のアーティスト・サラ・ツェー(Sarah Tse )を上海に招き作品制作をし、個展も開きました。2016年もさらに挑戦的なプロジェクトを抱える鳥本氏の国境を越えた挑戦はまだまだ続きます。


「Office339」

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