株式会社ソニックジャムの社長ブログ

感情を語ればモテるDiary

2017年8月23日

女性は感情を語りたがるし、聞きたがる。男性は分析したがる。
典型的な男女の会話の噛み合わない部分だ。そんなことを思い出したのは昨日たまたま、カフェでひとりで食事をしつつ読書をしていたら、そんな典型的なカップル(未満)がすぐ横で会話をしていてそれが気になってしまったからだ。

「名前なんだっけ?」みたいな話をしているので最近合コンなどで出会ったばかり関係のようだ。さっそく「どんな子が好き?」みたいな話をしている。

「どんな子が好き?」「どんなデートがしたい?」みたいな質問に対して、「うーん、時と場合によるかなー」などと男は答えている。最悪である。そんなことは当たり前だし、君が「明るい子!」と答えても、そして実はおとなしい娘も好きであっても、それはどうでもいいことだ。だれも言葉の正確性など問わないのだ。そして付け加えるべきは、「明るい子!だって一緒にいるとこっちも楽しくなるから」という、自分の感情だ。

女の子はよく喋る。たいていの女の子はよく喋る。その内容を聞いていると、「嫌だった」「楽しかった」「うれしかった」という自分の感情を語る場面が多い。そして、女同士で「わかるー」と共感しあっている。なぜかおそらく生物学的に女性とはそういうものだ。

例えば「職場でこんな嫌なことがあった」という話に対して、「それは客観的に見て誰々さんの発言が原因だね」というような分析リアクションは最悪だ。そんなものは全く求められていない。「そうなんだー。私もこないだ会社でこんな嫌な先輩がいて・・・」と勝手に自分のことを話せばよいのだ。すると「わかるー!」と共感しあって盛り上がって話は弾む。

隣のカップル(未満)の話を聞いてそんなことを考えつつ、これは男女間の恋愛話というより、もっと汎用的に使える法則ではないかと思った。男はもっと「うれしい」「楽しい」「嫌だ」などと自分の感情を語ってみよう。例えば、仕事をしてもらったら、「おつかれさま」でなく、「ありがとう」でもなく、「やってくれて、うれしい」と言ってみよう。ちょっと恥ずかしいけど。叱るときも「こういうことは(ルールとして)やってはダメだ」ではなく「そういうこは私は嫌だ」といってはどうだろう。こちらのほうが説得力があるのではないか。

結果的に、同僚や異性の社員からも好かれるんじゃないか。ちょっとした心がけで印象はだいぶ変わるんじゃないか。と思った次第。ちょっとがんばってみようかな。モテるかも。

隣のカップルの会話はたいして盛り上がることもなく、「帰ろっか・・・」と解散になった模様。おつかれさまでした。楽しかったよ。

メアリと魔女の花Movies

2017年8月12日

観てきました。

作品のクオリティを語ろうとすると、まあ、どうしても宮崎駿の偉大さを改めて認識するという結果になってしまうわけですが・・・、個人的には、スタジオポノックの今後に興味があります。

当初は、「元ジブリ」の恩恵に大いにあずかることでしょう。そもそもそれがなければ映画もつくれないし、話題性や期待度である程度お客さんも入るかもしれないし。他の方々から見ればとてもうらやましい状況なわけです。が、それがそのうち呪縛になっていく。お客さんが期待する「ジブリのようなもの」にいつかは決別しなければならないと思うので、それを、いつ、どうやってやるか。ほんとうはいきなり今回やってほしかったな。「ジブリとはここが違うぜ!」というのを見せつけてほしかった。「感謝 高畑勲 宮崎駿 鈴木敏夫」とかいらないよ。

しかし個人的に期待していることがあります。これまで日本のアニメーション作品の多くは、ひとりの天才に依存するもの(手塚治虫にはじまり、宮崎駿、細田守など)に依存するものが多く、ディズニー/ピクサーやハリウッド映画のようなプロダクションスタイルで生み出されるものがあまりない印象でした。スタジオポノックが、天才は不在だが、プロダクションスタイル+手書きセルアニメで良質な作品をつくる、という可能性はどうなんだろう。

それにしても宮崎駿の新作長編は、やらなきゃいいのに・・・と心配しかない。名作を完成させるだけの体力と時間が残っているんだろうか・・・?

喪失の壁Diary

2017年7月31日

今の壁
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少し前の壁
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MASSというプロジェクトで、自社のオフィスの壁一面に淺井裕介さんが作品をつくりあげる過程をみんなで共有するという貴重な体験ができました。MASSというコンセプトはこれだけで終わりではなくて、またうちのオフィスだけでやるものではなくて、新しいアート体験を共有していくというコンセプトで今後も続けていくつもりです。

もともと淺井さんの作品は土で描くという性質もあり、耐久性のあるものではないので、短期間で撤去される運命でした。それにしてもあの存在感のある作品がいなくなると、なんともいえない空虚感というか、なにかまだそこに誰かいたような、まるで長年住んだ家を引っ越しで片付けた後のようなやるせなさを含んだセンチメンタルな気持ちになりました。

鑑賞するだけでもなく、購入・入手するのでもなく、体験するというアートとの関係、がMASSのプロジェクトのコンセプトでしたが、終わったときにどうなるか、は予想していませんでした。出来上がるまでのプロセスを共有し、存在を共にし、そして今、喪失感を味わっている。それはちょっと恋愛にも似ている。別れるまでが恋愛、というか。そのせつなさも恋愛の大切な要素。

壁はひっそりと生まれ変わり、真っ白だがそれは以前と同じではない。

コンセプトのつくりかたBooks

2017年6月27日

> コンセプトのつくりかた / 玉樹 真一郎

任天堂Wiiの開発担当の玉樹さんの本。平易な文体なのでとても読みやすいですが、内容は奥が深いです。特に印象的だったポイントは、

・「良いものをつくる」はコンセプトにならない
誰もが理解できる既知の良さだけではコンセプトにはならない。未知の良さによってしか、世界を変えてしまうほどの「良いもの」は生み出せない。

・「できっこない」を見つける
「悪い」と否定されてしまうビジョンほど、実は「未知の良さ」を含んでいる可能性が高い。

・コンセプトとはビジョンとアイテムの集合体
何をしたいか?(ビジョンの集合体) + 何を用いるのか?(アイテムの集合体)

・差別化はコンセプトではない
コンセプトの結果、他と違うものができる。コンセプトにもとづかない差別化だけでは、世界を良くできない。

・アイデアの拡張法(ズラす質問)
(1)逆に言うと、どうなる?さらに突き詰めていくと、どうなる?
(2)悪いことを「絶対に避けられないこと、それが真実だ」と仮定すると、どうなる?
(3)立場をズラしたら、どうなる?
(4)関係のない物事を、無理やりつなげるとどうなる?
(5)悪いことについて「自分も悪いことをしている」と仮定すると、どうなる?
(6)本音としては、どう? / 建前としては、どう?
(7)2つの悪いことを掛け合わせる(または、同時に引き起こす)と、どうなる?
(8)時期をズラしたら、どうなる?
(9)ドラマ・小説・映画・アニメ・音楽に例えるなら、どうなる?

・業界の分析にポーターの5フォースが有効

会社でも国でもプロダクトでもサービスでも、コンセプトが重要な時代、というのはみんな気づいているとは思うんだけど、日常のさまざまな場面では、自分でコンセプトを考えるのをわざと避けてる?かのように思えるときがあります。決めてくれれば従います、みたいな放棄型。それって当然こういうものでしょ、みたいな決めつけ型。または未知なものに対する不安、責任を負うことの恐怖、などから無意識的に避ける。わかる、わかるよ。

そもそも最初に戦略がなければコンセプトを考えることはできません。例えば、新しいゲーム機を開発する、という戦略があって、Wiiのコンセプトが生まれた、みたいな。そして戦略自体も会社の方向性とかビジョンの実現のための大事なコンセプトですが、そういうのは偉い人が決めればいいでしょ〜と決めつけてしまう人が多いように思います。自分たちに関わる大事な部分なんだから、最大限組織の力を結集するべきところなんじゃないかな。自分でも、具体的な戦略について、ポーターの5フォース分析とか、SWOT分析とかをみんなで使ってみたいなと思ったりしました。

リーダーの役割は、素晴らしい戦略とかコンセプトを自分で思いつくことではなく、みんなの力を合わせて知見を引き出して形にすること。そしてそれが世界を良くすることだと信じて、自分がそれをやるんだとあきらめずに続けること、なんだろうな。それってまさに勇者。今こそ、冒険の旅に出よう。

ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド の素晴らしさについてDiary

2017年5月29日

最近の毎日。
子供が寝て、夜帰宅してからなのでだいたい11時とか12時くらいから、2時間くらい冒険の旅にでます。

10代や20代だったら徹夜してやってたかもしれないけど、もう眠さには勝てないので、眠くなったら寝ます。そして翌日の朝、通勤電車で前日の冒険の反省(?)と、今日のプランをたてます。例えば、あの地域の祠を攻めにいこう、とか、いくつかお願いされていたネタ(クエスト)をいくつかやってみよう、とか、食料を調達して料理を作りだめしよう、とか、あのアイテムをゲットするためにあれとあれをしよう、とか・・・

楽しい。もうひとつの冒険生活を生きてる。
クリアしたくない。まだしばらくこの生活続けたいから。

子供(9才)もゼルダをプレイしていますが、ある程度約束(平日は1時間、休日は2時間まで)守りながら楽しんでいます。美しいグラフィックの中で、自分の考えで進み、謎を解き、試したり、失敗したり、成長したり。ゲームはよくないと一括りに決めつけるんじゃなく、これはむしろぜひ子供にやらせるべきゲームなんじゃないかなあ。親子で朝食時に情報交換します。もうあのアイテムゲットした?あそこ行ってみた?あの敵倒した?そんな会話も楽し。

ゲームって何なんでしょうね?映画とか、文学とかと同じで、やっぱり人間に必要なものなんだと思う。宮崎駿氏が「子供たちに「この世は生きるに値するんだ」ということを伝えるのが自分たちの仕事の根幹」と語っていたが、そのメッセージを今回のゼルダから強く感じます。世界はこんなに美しくて、広くて、自由だ。やり方はひとつじゃない。

もう今回のゼルダとか最近のゲームのいくつかは、従来の領域をはるかに超えてるんじゃないかな。総合芸術というか。そのひとつの頂点。今後は、もっと別の形、ゲームとコミュニケーションが一体化したゲームらしくないゲームも出てくるんじゃないか。うまく言えないけど。

そんなものを自分でもつくってみたいな。

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